2024/05/13 11:25

私の日常といえば、当然ながら、音楽はステレオサウンド時代の人間で、サラウンドに関しての体験はそれほど多くない。いまさらですが、映画館での5.1chって音楽にとって何がメリットなのだろうか、ということで映画館に足を運んだみた。ちょうど、坂本龍一の最新映画、opus が封切りされたので、音楽に集中して観れる、よい機会となった。



いま上映されている神戸シネリーブルは、一昨年、odessaという最新のスピーカーシステムが導入され、音楽再生にも適しているとのこと。さっそく中央の後ろの席を確保。

odessa (optimal design sound system +1a) の解説を見ると「劇場ごとに最適化されたサウンドシステム」に「劇場独自の映画体験が付加される」とある。シアター現場でのチューニングもしっかり監修されているので安心。メインスピーカーは同軸型3ウェイで、高域・中域を一箇所から出すことにより位相干渉をなくし、距離によってもいびつさがないよう工夫されているという。

今回の上映、本編の前に、odessaのデモンストレーションが流れてきた。驚異のサラウンド空間に、ひゅうっと一瞬包まれたかと思うと、下からの重低音の刺激にびびってしまった^^。


映画 「opus」は、坂本龍一がお気に入りだったNHKの509スタジオで、YAMAHAのフルコンをソロ演奏、それをモノクローム映像により静かに見せる作品、セリフもあるわけでない。はて、私はピアノ演奏だけの映画で103分最後まで持つかなあ、と心配だったけど(実は映画鑑賞はそれほど得意でない)、今回の映像、会場共に緻密な音環境で飽きることなく、存分に楽しめた。


音源はただ、ピアノ一台だけ。エンタメでないので、超低音再生があるわけでなし、左右や前後に音が飛びまわったりしない。映像のスクリーン上の幅をピアノボディ全体と仮定すれば、等身大っぽくまとめた音場といっていいのかな。サラウンド的な効果は感じにくいけど、確実にスタジオの奥行を感じる。この映画館固有の響きなのかと思わせるような、自然なミキシングだと思った。


当然ながら、楽曲ごとにミキシングが異なっている。たとえば、幻想的な和声音が続くような曲は、長いロールケーキみたいに両サイドに伸びた音像で、打鍵はやわらかく、残響も多い。ダーク好きな坂本ワールドっぽくなる。また意図的だろうか、二次倍音だけが壁方向から小さく漏れ聞こえる曲もあって、冷たい響きの戯れがいい。


サウンドトラックのオーケストラを意識した「ラストエンペラー」では、低音が太鼓のように太く、音像がぐんと広がり、一方キャンキャンさせた高音は、さながら中国の鳴り物や弦のように、左右から反射してくる。

映画「シェルタリング・スカイ」は確かアフリカの景色の中に溶け込む、大人の恋愛と哀愁を描いたものだっけ。楽曲の和声感がラフマニノフのように壮大かつメランコリー、私もよく弾く曲です。マイク数は抑えているのか混濁も少ない。ふだん聞き慣れたステレオ感で、純粋な音色はとことん美しかった。


ちなみに、このようなスタジオ録音だと、どうしてもダンパーの動く音は大きく収録されてしまう。繊細な音楽の時ほど、それが相対的に大きくきこえるので、ピアノ録音に慣れない人なら、わっ、この叩いたようなノイズは何? と思うかも。でも再生環境が良いと、それほど耳障りでなく、演奏者の息づかいの影と思えてみたり。


20曲を録ることは、坂本の身体の状態と闘いながらの挑戦だったと想像する。たまたま続けて次の曲のテイクが録れていたりするので、人生の幕を降ろしていくように、音楽が刻まれていく様子が伝わってくる。ユニークだったのは、YMOのTong Poo”東風”、テクノ全盛期の名曲で、私も高校時代よく聞いていた、耳にも目にも鮮烈な新時代感覚。今回はピアノによる編曲となり、温かくも穏やか、考え抜かれた現代曲になっていた。YMOへのオマージュが、こんな形で残るとは、やっぱり、すごいなあ~と嘆息。


追悼の意味もあって、観客は満席。流れてくる演奏は、ひとつひとつが魂に呼応するような音で、曲によっては、会場が異様な集中力の塊になってしまい、涙で鼻をすする音もきこえてくる。。

映像演出はいたってシンプルでとても良かった。

体験したことのない、亡き人自身による葬送コンサート。

エンドロールが消えると、拍手が起こった。

(2024年5月)


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